牛乳の廃棄問題は、今どうなってる?
「牛乳が余っている為、このままでは廃棄されてしまうかもしれない」
令和5年(2023年)頃、こうしたニュースを目にした人も多いのではないでしょうか。
せっかく酪農家が毎日搾った牛乳が、飲まれることなく捨てられてしまう。
「牛乳を飲んで酪農家を応援しよう」
そんな呼び掛けも、当時は盛んに行われました。
しかし、あれから数年が経った現在、牛乳の廃棄問題はどうなっているでしょうか。
実は、「牛乳が余って捨てられる」という問題だけを見ると、現在の酪農が抱えている問題の本質は見えてきません。
牛乳の需要低迷、生乳生産量の抑制、乳製品の在庫、飼料価格の高騰、そして酪農家の廃業。
日本の酪農は、令和5年に大きく報道された「牛乳の廃棄問題」を振り返りながら、その背景と2026年現在の状況について考えてみます。
令和5年に報道された「牛乳の廃棄問題」

そもそも、なぜ「牛乳が余る」という問題が起きたのでしょうか。
その大きな切っ掛けの一つが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行でした。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、学校が休校になり、学校給食も中断されました。
また、外食やホテル、飲食店などの業務用需要も大きく落ち込みました。
牛乳は家庭だけで消費されているわけではありません。
学校給食、飲食店、ホテル、菓子・乳製品など、様々な場所で大量に利用されています。
そのため、人々の生活や消費行動が大きく変化すると、牛乳・乳製品の需要にも大きな影響が及びます。
一方で、乳牛は「明日から牛乳を減らしてください」と言われても、簡単に生産量を止めることはできません。
牛は毎日搾乳する必要があり、牛乳は毎日生産されます。
この「生産を急に止められない」という生乳特有の性質が、牛乳の需給問題を難しくしています。
農林水産省も、生乳は春先や年末年始など、もともと需要と供給のバランスが崩れやすい時期があると説明しています。
春先は乳牛の生産が好調になる一方、春休みやゴールデンウィークで学校給食がなくなり、需要が落ち込みます。
年末年始も学校給食が休止する為、需給が緩和しやすくなります。
そこに新型コロナウイルスによる需要減少が重なったことで、生乳の需給バランスが大きく崩れました。
なぜ生乳が余ってしまうのか?

ここで知っておきたいのが、「牛乳」と「生乳」は同じものではないという事です。
生乳とは、乳牛から搾ったままの乳のこと。
これを乳業メーカーが殺菌・加工することで、私たちがスーパーで購入する牛乳や、バター、チーズ、脱脂粉乳などの乳製品になります。
そして生乳には、大きな特徴があります。
長期間保存することができません。
そのため、需要が落ち込んだからと言って、倉庫に生乳を何か月も保管しておくことは出来ません。
そこで、生乳の需給を調整する為に、牛乳として消費するだけでなく、バターや脱脂粉乳などの保存可能な乳製品へ加工する仕組みがあります。
しかし、それでも需給と供給の差が大きくなれば、乳製品の在庫が積みあがってしまいます。
農林水産省によると、令和4(2022)年12月時点で脱脂粉乳の在庫量は8万2000トンに達し、生乳の需給ギャップは40万トン以上ともされました。
これを解消する為、生産者団体は自主的な生産抑制にも取り組みました。
つまり、令和5年頃の問題は単純に、
「牛乳が売れないから牛乳が余った」というだけではありません。
「毎日生産される生乳」と「変動する消費量」の間に大きなギャップが生じたことが問題だったのです。
「国内生産を減らして、輸入を増やしたから余った」は本当か?

牛乳の問題を調べていると、
「日本は国内の生産量を減らして、海外からの乳製品を輸入しているのでは?」
という疑問を持つ人もいるかもしれません。
確かに、日本はバター、脱脂粉乳、チーズなど、様々な乳製品を海外から輸入しています。
しかし、ここは少し注意が必要です。
日本で余って問題になったのは、基本的に国内で生産された生乳です。
日本では、乳製品の一部について輸入制度が設けられており、国内の生乳需給とのバランスを考慮しながら輸入量などが調整されています。
農林水産省の資料でも、生乳の供給が上振れした場合には、国内で脱脂粉乳・バターなどへの加工を増やし、国家貿易による輸入を減らす事で、生乳の廃棄を回避する仕組みが説明されています。逆に国内生産が不足した場合には、輸入を増やして国内需要を補う仕組みです。
その為、「海外から牛乳を大量に輸入したため、日本の牛乳が余って捨てられた」
と単純化するのは正確ではありません。
むしろ問題の中心にあったのは、国内の生乳生産量と国内の需要のバランスが崩れたことでした。
そして、酪農家の廃業が増えていった

牛乳が余っているなら、
「酪農家はたくさん牛乳を作っているのだから、儲かっているのでは?」と誤解されるかもしれません。
しかし、現実はまったく逆でした。
酪農家は、牛を飼う為に大量の飼料を必要とします。
飼料価格、燃料費、電気代、資材費などが上昇すると、酪農家の経営を大きく圧迫します。
さらに、牛乳の需要が低迷すれば、当然ながら生乳を生産する側にも厳しい影響が及びます。
農林水産省によると、中央酪農会議の調査では、指定生乳生産者団体の受託農家戸数が令和4(2022)年以降、特に都府県で大きく減少し、令和5(2023)年2月には前年同月比8.6%減となるなど、離農が進んでいました。
又、農林水産省の令和6年度農業白書でも、令和7(2025)年2月の受託農家戸数は前年同月比5.8%減となっており、減少のペースは鈍化したものの、酪農家の減少は続いているとされています。
つまり、
「牛乳が余ってるのに、牛乳を作る酪農家が減っている」
という、一見すると矛盾した状況が起きているのです。
牛乳の需要はなぜ減っているのか?

もう一つの大きな問題が、牛乳そのものの需要です。
コロナ禍が終われば牛乳の需要が元に戻る—-。
そう期待されていました。
しかし、実際にはそう簡単ではありませんでした。
物価高によって牛乳の小売価格も上昇し、消費者にとって牛乳を買う負担が大きくなりました。
さらに、食生活やライフスタイルそのものが変化しています。
農林水産省は、コロナ禍による購買行動の変化、家計負担の増加、乳価の引き上げなど牛乳・乳製品需要の不確定要素として挙げています。
そして2026年の現在も、需要低迷は続いています。
農林水産省が2026年6月に公表した2026年度の需給見通しでは、2025年8月の価格改定以降、牛乳類の消費量が前年水準を下回っているとされています。
消費者にできることは何か?

ここまで読んで、
「酪農家を応援したいけど、自分には何が出来るのだろう?」と思う人もいるでしょう。
もちろん、国や自治体、乳業メーカーなどが取り組むべき問題もあります。
しかし、私たち消費者が最も簡単にできる事があります。
牛乳を買う事です。
毎日必ず1本飲まなければならない、という意味ではありません。
牛乳を飲む人は牛乳を買う。
ヨーグルトが好きな人は、ヨーグルトを買う。
チーズが好きなら、国産チーズを選ぶ。
料理やお菓子作りに牛乳を使う。
こうした一つ一つの消費が、最終的に国産の生乳需要に繋がります。
もちろん、消費者が牛乳を1本買っただけで酪農家の経営問題が解決するわけではありません。
飼料価格、乳価、流通、乳製品の在庫、後継者不足など、酪農には消費者だけでは解決できない問題が数多くあります。
それでも、
「需要がある」ということは、生産を続けるための大切な条件です。
牛乳を飲むこと。
牛乳を使った食品を食べること。
国産の乳製品を選ぶこと。
それは、私たち消費者ができる、最も身近な応援の一つなのです。
2026年、政府はどう動いているのか?

では、令和5年に大きな問題となった「牛乳余り」は、2026年の時点ではどうなっているのでしょうか。
結論から言えば、問題が完全に解決したわけではありません。
ただし、2023年当時とは状況が変化しています。
現在は、単純な「牛乳の大量余剰」だけではなく、
- 牛乳・乳製品の需要低迷
- 脱脂粉乳の在庫増加
- 酪農家の減少
- 生産コストの高止まり
- 生乳生産量の減少
- 需要期と閑散期の需給ギャップ
など、複数の問題が重なっています。
2026年度について農林水産省は、国産牛乳・乳製品の需要拡大、脱脂粉乳の在庫削減、生産基盤の強化などを重要な課題として挙げています。
また、令和7年度補正予算では、「国産牛乳乳製品の需要拡大、競争力強化対策事業」として133億円が計上され、国産牛乳・乳製品の需要拡大、新製品の開発・販売、国産チーズの生産奨励、脱脂粉乳の在庫低減などが支援対象となっています。
さらに、令和7年度からは「生乳需給安定クロスコンプライアンス」も段階的に導入されています。
これは、主要な酪農関係の補助事業について、全国的な生乳需給安定のための取り組みに参加・拠出していることなどを交付要件とする仕組みです。
つまり政府も、
「牛乳を作る」だけでなく、「牛乳・乳製品をどう消費してもらうか」
という需要側の対策にも力を入れ始めています。
牛乳廃棄問題は終わったわけではない

令和5年頃に大きく報道された「牛乳廃棄問題」。
数年前のニュースだから、もう解決したと思っている人もいるかもしれません。
しかし、2026年現在も、日本の酪農問題は厳しい状況にあります。
むしろ現在は、「牛乳が余る」という問題だけではなく、
「牛乳の需要が伸びない」という問題と、
「牛乳を生産する酪農家そのものが減っている」
という問題が同時に進んでいます。
これは非常に難しい問題です。
酪農家が減れば、国内の生乳生産量も減っていきます。
生産量が減り過ぎれば、今度は将来的に国産牛乳・乳製品の安定供給が難しくなる可能性があります。
だからこそ、「牛乳が余っているなら、生産を減らせばいい」という単純な話ではありません。
作る側と食べる側、その両方を維持する必要があるのです。
私たちが飲んでいる牛乳の、その先には

スーパーに並んでいる牛乳を見ると、私たちは「商品」として牛乳を見ています。
しかし、その1本が店頭に並ぶまでには、
牛を育てる人がいて、
毎日搾乳する人がいて、
生乳を集める人がいて、
乳業メーカーが加工し、
物流によって運ばれ、
そして、私たち消費者の手元に届いています。
そのどこか一つでも失われれば、今まで当たり前だった「国産の牛乳」が当たり前ではなくなるかもしれません。
令和5年に起きた「牛乳の廃棄問題」は、単に「余った牛乳をどうするか」という単純な問題ではありませんでした。
それは、
「日本の酪農をこれからどう維持していくのか」という問題を、私たちに突き付けた出来事だったのではないでしょうか。
牛乳を1本買う。
ヨーグルトを1個買う。
国産の乳製品を選ぶ。
一人一人の行動は小さなものです。
しかし、食料を作る人がいなければ、私たちは食べる事ができません。
だからこそ、牛乳を飲むという何気ない行動の先に、酪農家の存在があることを知っておきたい。
「知れば、もっとおいしい。」
その牛乳の背景には、日本の酪農を支える人たちの毎日の仕事があります。

