ピザが日本で広まったわけ

目次

はじめに

今では、家族や友人との食事、パーティー、そして宅配など、身近な存在になっているピザ。

しかし、ピザが日本で普通に食べられるようになったのは、それほど昔のことではありません。

イタリア・ナポリで生まれたピザは、どのように日本へやってきたのでしょうか。

そして、なぜ日本人の食生活にここまで定着したのでしょう。

今回は、ピザが日本で身近な料理になるまでを、いくつかの段階に分けて見ていきます。

ピザの発祥はイタリア・ナポリ

ピザのルーツを辿ると、古代の人々が小麦粉を水で練り、焼いて食べていた平たいパンにまで遡ると言われいます。

現在のピザに近い料理が発展したのは、イタリア南部のナポリです。

16世紀以降、ナポリでは小麦粉を使った生地に、さまざまな具材を乗せて焼く料理が発展。

そこにトマトが加わり、現在のピザへと近づいていきました。

そして、1889年には「ピッツァ・マルゲリータ」の名前で知られるピザが誕生します。

ピザの歴史で覚えておきたいこと

  • 発祥の地として知られるのはイタリア・ナポリ
  • 小麦粉を使った生地が基本
  • トマトが加わることで現在の形に近づいた
  • 1889年にはマルゲリータが誕生

こうしてピザは、ナポリを代表する料理として広がっていきました。

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ピザはどうやって日本に来た?

では、そんなピザが日本へやってきたのはいつ頃なのでしょうか。

日本で初めてピザが提供された時期については諸説あります。

有力な説の一つが、1944年、神戸のイタリアンレストランで提供されたというものでした。

また、戦後間もない時期には、兵庫県宝塚市の「アベーラ」がピザを提供したという説もあります。

その後、1954年には東京・六本木に「ニコラス」が開店。

ピザを提供する専門店として、当時の若者たちから人気を集めました。

しかし、この頃のピザはまだ、誰もが食べる料理ではありません。

「外国のちょっと珍しい料理」という存在だったのです。

当時の日本では……..

  • ピザを提供する店はまだ少なかった
  • 一般家庭にはオーブンが普及してなかった
  • チーズも現在ほど身近ではなかった
  • ピザは「おしゃれな洋食」という存在だった

ここから、ピザの日本での歴史が始まります。

なぜピザは日本人に受け入れられたのか?

ピザが日本で広がっていった理由の一つは、日本人の食生活との相性でした。

小麦粉を使った生地に、チーズや肉、野菜などを乗せて焼くピザは、具材を変えることで様々な味を作ることができます。

そして日本では、ピザがそのまま受け入れられたわけではありません。

日本人の好みに合わせて、少しずつ変化していきました。

例えば……

  • コーン
  • シーフード
  • ソーセージ
  • 照り焼きチキン
  • マヨネーズ
  • 明太子

など、日本らしい具材を使ったピザも登場します。

つまり日本では、
「本場のピザをそのまま食べる」だけでなく、

「日本人が好きなピザの味を作る」
という文化が育っていったのです。

これも、カレーやナポリタンなどと同じく、海外の食文化を日本人の好みに合わせて変化させる、日本の洋食文化の特徴と言えるでしょう。

宅配ピザの功績は大きい

そして、日本のピザ文化を大きく変えたのが宅配ピザです。

1985年9月30日、東京・恵比寿に日本初の宅配ピザ店となるドミノ・ピザがオープンしました。

それまでのピザは、

「店へ食べに行くもの」

というイメージが強い料理でした。

ところが宅配ピザの登場によって、

「自宅でたべるもの」

へと変わっていきます。

宅配ピザが変えたこと

  • 店へ行かなくても食べられる
  • 家族や友人と一緒に楽しめる
  • 大きなピザをシェアできる
  • パーティーなどにも利用できる
  • 「ピザを食べる」という新しい家庭のスタイルが生まれた。

特に日本では、1980年代に「焼き立てのピザを自宅まで届ける」というスタイルが、新しいライフスタイルとして受け入れ垂れました。

そして、1987年にはピザーラも宅配業態に参入。

宅配ピザという市場が急速に広がっていきます。

ピザはここで、一気に日本人の食生活へ近づいたのです。

日本の職人による本格的なピザへ

一方で、日本のピザ文化は宅配だけではありません。

1990年代以降になると、本場ナポリのピッツァを追求する店も増えてきました。

生地の配合、発酵、伸ばし方、焼き方。

一見シンプルに見えるピザですが、その一枚には職人の技術が詰まっています。

そして、日本人のピザ職人は、やがて本場イタリアの世界大会でも存在を示すようになります。

日本人初の世界チャンピオン


その代表的な人物が、牧島昭成(パシュクアーレ牧島)さんです。

牧島さんはイタリア・ナポリなどでピッツァと食文化を学び、2007年からナポリで開催される世界選手権に挑戦。

2007年~2009年と入賞を重ね、2010年にはついに、世界選手権のメイン部門である「ピッツァナポレターナS.T.G」で優勝しました。

これは、日本人として初めて本場ナポリの同部門で世界一になった快挙です。

つまり、

「日本でピザを作っている」だけではありません。

「日本人の職人が、本場ナポリで世界一になった」のです。

これは、日本のピザ文化が単なる「外国料理の模倣」ではなく、職人の技術によって世界から評価される段階まで成長したことを示す出来事でした。


世界で活躍する日本人職人
牧島さん以降も、日本人ピッツァイオーロは世界大会で活躍しています。

2026年にナポリで開催された世界選手権では、STG部門で西川龍馬が6位、猪下創さんが7位、和仁純平さんが9位に入賞しました。

また、ピザ作りの技術だけでなく、パフォーマンス性の高い「ピザアクロバット」の世界でも日本人が活躍しています。

赤荻一也さんは、2013年の「World Pizza Games」でアクロバット部門のチャンピオンリーグを制し、技術競技部門では2009~2013年に5年連続優勝を達成しています。

日本のピザ職人が追求しているもの

  • 生地の発酵と熟成
  • 小麦の風味
  • 高温で焼き上げる技術
  • ナポリ伝統の製法
  • 日本の食材を生かした独自のピザ
  • 世界大会で通用する職人技

こうして日本では、「気軽に楽しむ宅配ピザ」だけでなく、

「職人の技術を味わう本格的なピッツァ」という文化も育っていきました。

こうしてピザは日本人の身近な料理になった

こうして振り返ると、日本のピザ文化は一つのルートだけで発展した訳ではありません。

イタリアから伝わったピザは、レストランで提供される料理となり、その後、ファミリーレストランや冷凍食品などを通して、少しずつ身近なものになっていきました。

そして宅配ピザが登場すると、家庭で食べる文化が一気に広がります。

さらに、日本の職人たちが本場のナポリピッツァを追求することで、ピザを「専門店で味わう料理」として楽しむ文化も生まれました。

現在の日本のピザ

  • 宅配で気軽に楽しむ
  • レストランで食べる
  • 専門店の本格ピザでピッツァを味わう
  • 冷凍ピザを家庭で楽しむ
  • 日本独自の具材を楽しむ

同じピザでも、楽しみ方は実にさまざまです。

イタリアからやってきた料理は、日本人の食生活の中で姿を変えながら、私たちの身近な存在になっていきました。

まとめ

ピザは日本で「日本のピザ文化」になった

イタリア・ナポリで発展したピザは、やがて日本へ伝わりました。

しかし、日本に来たピザがそのまま現在の形になったわけではありません。

①ナポリでピザが発展する
 ↓
②日本へ伝わる
 ↓
③日本人の好みに合わせて変化する
 ↓
④宅配ピザによって家庭へ広がる
 ↓
⑤日本の職人が本場の味を追求する
 ↓
⑥日常的に楽しめる料理になる

という過程を経て、日本独自のピザ文化が形成されていきました。

そして面白いのは、日本のピザには「これが正しい」という一つの形が無いことです。

たっぷり具材を乗せた宅配ピザもあれば、シンプルなマルゲリータを味わうナポリピッツァもある。

照り焼きチキンや明太子など、日本ならではの味もあります。

海外からやってきた料理を、日本人の好みに合わせて楽しむ。

これはカレーやナポリタン、オムライスに通じる、日本の食文化の面白さです。

ピザはイタリア生まれ。

でも、今ではすっかり「日本人の身近な料理」の一つになっています。

一枚のピザにも、日本の食文化が歩んできた歴史が詰まっています。

知れば、もっとおいしい。

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