佐世保から始まった、日本のハンバーガー文化

目次

はじめに

ハンバーガーは、今では私たちにとって身近な食べ物です。

ファストフード店で気軽に食べることもできますし、最近ではパティやバンズ、ソースにこだわった専門店も増えてきています。

牛肉だけではなく、チキンや魚、さらには日本ならではの食材を使ったものまで、その種類は実に様々です。

では、そんなハンバーガーが、日本で初めて食べられるようになったのは、どこだったのでしょうか?

その答えとして知られているのが、長崎県佐世保市です。

現在、佐世保市は「日本におけるハンバーガー伝来の地」とされ、1950年(昭和25年)頃に、米海軍基地からレシピが伝わったことが、佐世保バーガーの始まりとされています。

しかし、なぜ佐世保だったのでしょうか?

そして、アメリカ生まれのハンバーガーは、どのようにして「佐世保の味」になったのでしょうか。

今回は、日本のハンバーガー文化の始まりを辿ってみます。

佐世保にハンバーガーがやってきた

佐世保は、もともと日本海軍の軍港として発展してきた街です。

そして、戦後になると、街にはアメリカ海軍の基地が置かれることになります。
そこから、佐世保には音楽やファッション、食文化など、様々なアメリカ文化が入ってきました。

その一つがハンバーガーでした。

1950年頃、佐世保に駐留していた米海軍関係者から、地元の人々にハンバーガーのレシピが伝えられたとされています。
そして、そのレシピをもとに地元でハンバーガーが作られるようになりました。

つまり、佐世保のハンバーガーは、アメリカ食文化と、戦後の佐世保という街との出会いから、始まったのです。

なぜ、佐世保だったのか?

ここは、日本のハンバーガーの歴史を考えるうえで重要なポイントになります。

もし、米海軍基地がなければ、佐世保にハンバーガーがこれほど早く伝わっていたかは分かりません。
当時の佐世保には、アメリカ人が日常的に行き交う環境がありました。

そのため、アメリカ人が食べている料理を目にする機会も多く、それを日本人がしる切っ掛けも生まれやすかったでしょう。

現在の佐世保の観光情報でも、当初は基地近くに店が開かれ、アメリカ人向けにハンバーガーが販売されていたと説明されています。

ハンバーガーは、いきなり日本全国へ広まったわけではありません。
まずは、アメリカ文化が身近に存在していた佐世保と言う街から、日本での歴史が始まったのです。

最初のハンバーガーは、今と少し違っていた

現在のハンバーガーを思い浮かべると、

  • バンズ
  • ビーフパティ
  • レタス
  • トマト
  • チーズ
  • ベーコン
  • ソース 

など、様々な具材が入っているものを想像します。
しかし、日本に伝わった当時のハンバーガーは、現在のものとは少し違っています。

佐世保の観光資料では、当時はパンに直接肉を挟むタイプだったと紹介されています。
そこから日本人の口に合うようなアレンジが加えられていきました。

ここから佐世保バーガーの文化が始まっています。「アメリカ料理」から、「佐世保の料理」へ

「アメリカ料理」から「佐世保の料理」へ

面白いのは、佐世保の人々がハンバーガーをそのまま受け入れたわけではなかった事です。

地元の店がそれぞれ工夫を重ね

  • パティの大きさ
  • バンズ
  • ベーコン
  • 卵
  • チーズ
  • 野菜
  • ソース

などに独自をアレンジを加えていきました。

現在の佐世保バーガーも、店によって味や具材、サイズなどに大きな個性があります。
佐世保市内には25店舗以上の佐世保バーガー店があり、それぞれが独自のスタイルを作っています。

つまり、「アメリカからハンバーガーが来た」だけでは終わらなかったのです。

佐世保の人々が自分たちの好みに合わせて作り変えたことで、

「佐世保で食べるハンバーガー」へと変化していきました。

アメリカ生まれ、佐世保育ち

ハンバーガーは、アメリカから日本へやってきました。

けれど、佐世保で作られるようになったハンバーガーは、少しずつ変化していきました。

日本人の好みの合わせて具材が変わり、店ごとの工夫が加わり、やがて「佐世保バーガー」という名前で親しまれるようになった。

つまり、「アメリカ生まれ。佐世保育ち」とも言える料理なのです。

海外の料理が、日本の食文化になるということ

考えてみると、これはカレーにもよく似ています。

カレーも日本に伝わった当初から、現在の「家庭のカレー」だったわけではありません。

日本人の生活や好みに合わせて姿を変え、やがて日本独自の食文化として定着していきました。

ハンバーガーも同じです
海外からやってきた料理が、日本と言う新しい土地で人々に受け入れられる。

そして、「そのまま食べる」のではなく、自分たちの好みに合わせて変えていく。

その積み重ねが、やがて新しい食文化を作っていきます。

つまり、食文化とは、料理をただ受け取ることではなく、その土地で暮らす人々が、自分たちの生活や好みに合わせて、料理を育てていくことなのかもしれません。

海外からやってきた料理が、日本人の手によって少しずつ姿を変え、長い年月をかけて日本の食卓に馴染んでいく。

そこには、料理そのものの歴史だけではなく、人々の暮らしや価値観、地域の歴史までもが刻まれています。

そう考えると、私たちが何気なく口にしている一つのハンバーガーにも、遠い国から日本へやってきた長い物語があることに気付かされます。

まとめ

日本でハンバーガーが食べられるようになった始まりとして知られているのが、長崎県佐世保市。

1950年頃、米海軍基地から伝わったレシピをもとにハンバーガーが作られ始め、当初はアメリカ人向けに提供されていました。

当時の佐世保は、戦後の日本においてアメリカ文化を身近に感じることの出来る街の一つでした。

ハンバーガーも、そんな時代背景の中で佐世保の伝わって来た食文化の一つだったのでしょう。

その後、佐世保の人々によってさまざまなアレンジが加えられ、現在の「佐世保バーガー」へと発展していきました。

その結果、現在では「ハンバーガー」という料理の中に、佐世保と言う土地ならではの味や文化が存在します。

これは、食文化の面白さの一つではないでしょうか?

アメリカらやってきた一つの料理が、70年以上の時間をかけて佐世保の食文化になった。

そう考えると、いつも何気に食べているハンバーガーも、少し違って見えてくるかもしれません。

アメリカから日本へ。
そして、佐世保へ。

その一つを味わう時、少しだけ背景にある歴史を思い浮かべてみるのも、食事の楽しみの一つかもしれません。

知れば、もっとおいしい。

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