はじめに
今では、カレーは日本人にとってごく身近な料理です。
家庭の夕食、学校給食、レトルトカレー、カレー専門店など、カレーを食べる機会は私たちの生活の中にたくさんあります。
しかし、カレーはもともと日本の料理ではありません。
インドにルーツを持つ料理が、イギリスを経由して日本に伝わり、そこから日本人の食生活に合わせて変化をしていきました。
では、なぜカレーは「外国料理」のままで終わらず、日本の国民食と呼ばれるまでになったのでしょうか。
その歴史を辿ってみると、カレーが広まった理由は、単に「美味しかったから」だけではないことが見えてきます。
カレーは「洋食」としてやってきた

日本のカレーは、インドから直接伝わったものではありません。
インドのスパイス料理がイギリスへ伝わり、そこで「カレー」として知られるようになったものが、明治時代の日本へ入ってきました。
当時は文明開化の時代。
肉食や西洋料理が日本に広まり、東京や大阪などには洋食店が次々と登場します。明治30~40年代には、カレーライスを提供する洋食店もふえていきました。
しかし、この頃のカレーは、まだ現在のような「家庭料理」ではありません。
むしろ、西洋から入って来た珍しい料理の一つでした。
ここからカレーが日本に定着するためには、もう一つの変化が必要でした。
それが、日本人の食生活に合わせてカレーそのものが変わっていくことです。
軍隊と学校が、カレーを広げた

カレーが日本社会に広がるうえで、大きな役割を果たしたのが軍隊と学校です。
明治時代には、陸軍や札幌農学校などでカレーが食べられていました。
特に軍隊では、多くの人に同じ食事を提供する必要があります。そこで、肉や野菜を使い、ご飯と一緒に食べられるカレーは、扱いやすい料理の一つだと考えられます。
海軍の『海軍割烹術参考書』にも「カレイライス」のレシピが残されています。
そして戦後になると、カレーは学校給食にも登場します。
農林水産省によれば、昭和中期から後期には学校給食の洋風化が進み、カレーライスやスパゲッティなどが人気メニューとして定着していきました。
ここで面白いのは、軍隊と学校という「大人数が同じ食事をする場所」が、カレーを知る切っ掛けになったことです。
カレーが広がる切っ掛けになる場所
- 洋食店で「新しい料理」として知られる
- 軍隊で多くの人がカレーを食べる
- 学校給食で子どもたちがカレーに親しむ
- 家庭でもカレーを作るようになる
つまりカレーは、最初から家庭に入り込んだのではありません。
外食→軍隊・学校→家庭
というように、さまざまな場所を経由しながら日本人の食生活に入り込んでいったのです。
家庭で作れるカレーが生まれる

カレーが本当に日本の家庭料理になるには、家庭で簡単に作れることが必要でした。
その流れを象徴するのが、現在のハウス食品につながる浦上商店の「ホームカレー」です。
浦上商店の創業者・浦上靖介は、カレー粉の研究を重ね、1926年(大正15年)に「ホームカレー」の製造・販売を始めました。
目指したのは、「日本中すべての家庭に好まれ、誰が作っても美味しく作れるカレー」でした。
地方では「カレーって何?」と言われることもあり、商品が返品される事もあったそうです。
それでも改良を重ね、1928年には「ホームカレー」から「ハウスカレー」へと名称を変更。
ここには、カレーを単なる外食料理ではなく、家庭で作る料理として普及させようとしたメーカーの挑戦がありました。
そして戦後になると、家庭向けカレーはさらに大きく変化します。
1945年には、オリエンタル社から「オリエンタル即席カレー」が発売されました。
これは日本初の本格的なインスタントカレールウとされ、当時は高級料理だったカレーを、家庭で簡単に作れる料理として広めようとした商品でした。
その後、1950年には板状の固形カレールウも登場します。
こうして、「カレーを食べに行く」から「家でカレーを作る」へ。
カレーは少しずつ、その立場を変えていきました。
カレーを「家庭料理」にした固形ルウとバーモントカレー

家庭で作れるようになったカレーは、さらに日本人の生活に合わせて変化していきます。
固形カレールウの普及によって調理は簡単になり、肉や野菜を煮込んでルウを加えるという、現在の家庭カレーに近いスタイルが定着していきました。
そして、1963年、カレーの普及に大きな影響を与えた商品が登場します。
バーモントカレーです。
リンゴとハチミツを使ったマイルドな味わいで、子供から大人まで食べられるカレーを目指して開発されました。テレビCMなども功を奏し、大ヒット商品となりました。
これは、日本のカレー文化を考えるうえで重要なポイントです。
カレーは単に「簡単に作れる料理」になっただけではありません。
「家族みんなで食べられる料理」へと変わったのです。
家庭のカレーが変わったポイント
- スパイスを自分で調合しなくてもよくなった
- 固形ルウで調理が簡単になった
- 甘口・中辛・辛口など好みに合わせられるようになった
- 子供でも食べやすい商品が登場した
- 家族全員で同じ料理を楽しめるようになった
さらに1968年には、レトルトカレーも登場。
「作る」という手間さえ必要としないカレーまで生まれました。
ここまで来ると、カレーはもう単なる洋食ではありません。
日本人の生活そのものに合わせて進化した料理になっていったのです。
なぜカレーは日本の「国民食」になったのか?

ここまでの歴史を振り返ると、カレーが日本で広まった理由が見えてきます。
カレーには、最初から「日本人によって特別な料理」だったわけではありません。
むしろ、時代とともに日本人が食べやすい形へ変わっていきました。
日本のカレーを作ったもの
- 米と組み合わせ
- 日本人好みの味に変化した
- 家庭で簡単に作れるようになった
- 子供から大人まで食べられるようになった
- 学校給食で世代を超えて親しまれた
- レトルトによってさらに手軽になった
そして、もう一つ重要なのが、カレーには「変化する余地」があったことです。
カレーライスだけでなく、カレーうどん、カレーパン、カツカレー、焼きカレー、日本ではカレーを使った様々な料理が生まれました。
つまり、日本人はカレーをそのまま受け入れただけではありません。
自分たちの食文化の中にカレーを組み込み、新しい食べ方まで作っていったのです。
まとめ ━ 日本のカレーは「日本人が育てた料理」

インドにルーツを持ち、イギリスを経由して日本へやって来たカレー。
明治時代には洋食の一つとして知られるようになり、軍隊や学校などを通じて多くの人に食べられるようになりました。
そして、浦上商店の「ホームカレー」や、オリエンタル社の「オリエンタル即席カレー」など、家庭で作りやすくするための商品が登場。
その後、固形ルウやバーモントカレー、レトルトカレーなどによって、さらに家庭に定着していきました。
こうして考えると、日本のカレーの歴史は、「外国料理が日本に伝わった歴史」というだけではありません。
むしろ、「外国から料理を、日本人の暮らしに合わせて作り方を変えてきた歴史」なのではないでしょうか。
辛さを変え、米と合わせ、家庭で作りやすくし、子供でも食べられるようにする。
そして今では、カレーうどんやカレーパンなど、日本独自の食文化まで生まれています。
だから私たちは、カレーを食べるときに「外国料理を食べている」とは、ほとんど意識しません。
「今日はカレーにしよう」
そう言えるほど、カレーは日本人の暮らしに溶け込んでいます。
カレーが日本の国民食になった最大の理由。
それは、日本人がカレーをそのまま受け入れたのではなく、日本人の暮らしに合わせて、カレー自身が変わり続けてきたからなのかもしれません。
知れば、いつものカレーが、少し違って見えてきます。
参考資料
- 農林水産省「昭和から令和まで、年代別にみる学校給食の変遷」
- ハウス食品「日本のカレー カレーが国民食になるまでの歩み」
- ハウス食品「1926年:ホームカレー」
- ハウス食品「1928年:ハウスカレー」
- ハウス食品「会社の歩み」
- 中小企業基盤整備機構 J-Net21「オリエンタル即席カレー」

